先日、鴨川沿いの土手に「テイカカズラ(キョウチクトウ科)」が花を咲かせているのを見つけました。強い甘い香りがその辺りには漂っていました。最初はジャスミンかな?とも思いました。調べて見ると、テイカカズラでした。
鴨川では三条大橋から七条大橋あたりの土手にいっぱいからみついています。
今日も花が咲いていました。でもだいぶ花は散っていましたね。
J’ai vu des fleurs de jasmin étoilé jaune (Trachelospermum asiaticum en latin. En réalite, cette plante ne fait pas partie de ” Jasmin “. Mais cette plante aussi sent bon comme un Jasmin) sur le bord de la rivière Kamo. Ils sentaient bon et doux !
Cette plante s’appelle ” Teika kazura / テイカカズラ ” en japonais. Elle est la plante grimpante. Elle fleurit en mai et juin au Japon.
L’origine du nom vient d’une légende. Selon la légende, Fujiwara no Teika / 藤原定家 (1162-1241, poète et noble) ait réincarné à cette plante après sa mort. Ca serait pour enlacer la tombe de la femme qu’il aimait. Cette femme s’appelle ” Shikishi (Noriko) naishinnô / 式子内親王 (1149-1201) ” . Elle était la fille de l’empereur. Ils s’aimeraient. Dans le monde après la mort, il continurait de l’aimer en enlaçant sa tombe.
【テイカカズラの名前の由来は面白い!】
テイカカズラは文字通りカズラ状の植物です。つる性の植物ですね。
では「テイカ」とはなんでしょうか?
それは、藤原定家のことです。藤原定家(1162‐1241:ふじわらのさだいえ/ていか)は平安時代終わりから鎌倉時代初めに生きた、公家であり歌人です。「小倉百人一首」の選者で有名な方ですね。
後白河天皇(1127‐1192)の娘、式子内親王(1149‐1201:しょくし/しきし(のりこ)ないしんのう)を愛した藤原定家は、死後も彼女を忘れられませんでした。愛してやまない彼女とずーと一緒にいたい、そんな思いからでしょうか?定家は、テイカカズラに生まれ変わります。そして彼女の墓にからみついた、という伝説から「テイカカズラ」という名前がついたそうです。
その伝説は、能「定家」↓↓↓として演じられています。
二人の恋はハッピーなものではなかったようです。身分の違いがあり、結ばれなかった恋。それでも、死んでもなお、定家から愛され続ける式子内親王。下の動画↓↓↓でも解説されていますが、式子内親王はそのことが嬉しかったんじゃないかと僕は思います。相思相愛の結ばれなかった二人。そんな二人の物語。
L’histoire de leur amour est représentée avec le Nô, théâtre traditionnel japonais établi il y a environ 650 ans. Voici la vidéo Nô ” Teika ” ci-dessous.
【伝式子内親王墓】
千本今出川の交差点付近にある「般舟院陵(はんしゅういんのみささぎ)」の片隅に「式子内親王墓(のりこないしんのうのはか)」と伝わる墓所があります。
今日、行ってきました。「般舟院陵」には歴代の天皇やその母などの14墓がありました。
Aujourd’hui, je suis allé voir la tombe de Shikishi (Noriko) naishinnô / 式子内親王 (selon ce que l’on dit. Cela veut dire que l’on ne est pas sûr que cette tombe est sa vraie tombe ou pas).
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